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バンコク雑感その3―タイの熱いホスピタリティ―

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現代文化学部 福永 昭教授

 タイの夏は暑い。連日、40度を超えます。
 バンコクでは、犬さえ、ぐったりしています。昼間、身体から熱を下のコンクリに逃すため、腹ばいになっている犬をよく見かけます。
 この犬はいつもナショナル・スタジアム駅の改札の前にいて、地元の人や観光客はこの犬の顔にマジックで眉毛を書いたり、サングラスをかけたり、帽子をかぶせて、写真のモデルとなっています。

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 バンコクのサービスも熱い。バンコクのスーパーなどで買い物をして、レジのカウンターで支払いをしようとすると、ときどき、長い時間待たされてイライラすることがあります。日本のサービスと比べてしまうと、効率がわるく、半分、あきらめてしまいます。
 ですが、ある時から、タイのサービスレベルは、日本のそれを遙かに凌ぐものではないか、と思い始めるようになりました。日本のサービスレベルは、タイの足下(あしもと)にも及ばないのではないか、と思い始めました。今では、日本は逆立ちしても、タイのサービスに敵わないのではないか、とさえ思っています。
 そのことについて、聞いてください。

 わたしがバンコクで住んでいたアパートの近くに、Mという日系のコンビニがありました。
 そのときも、コンビニのカウンターの上に、わたしは自分の買う商品を並べて、スタッフが、バーコードリーダーを商品ひとつひとつに当てていました。
 その彼は20歳ぐらいの男性でしたが、ひとつの商品がバーコードリーダーで読めないので、アタフタしていました。
 何回も何回も、その商品にバーコードリーダーを当てていましたが、あきらめて、裏から同僚を呼び、困っていることを説明しました。その同僚のスタッフは、自分でバーコードリーダーを商品に当てたところ、うまく読みとることができました。

 うまくバーコードリーダーが読めたそのとき、わたしは、半分あきれて、小さく拍手したところ、カウンターにいた二人のスタッフはわたしの拍手を見て、大喜びをし、笑い始め、二人とも同じように拍手をしはじめました。
コンビニに居合わせた他のお客さんはなんだろうとフシギに思ったことでしょう。

 そのうち、スタッフのひとりが、わたしに、What's your name? と聞いてきたので、My name is Akira.と言ったところ、ふたりのスタッフは、アキラ、アキラ、と大声で、笑い始めました。
 その日以降、わたしがそのコンビニに立ち寄ると、笑いながら、アキラ、アキラと大声で、わたしに声をかけてくるようになりました。

 わたしは恥ずかしかったのですが、ふたりのコンビニスタッフは、全身で、親しみを表現しています。過剰ともいえる好意が、わたしに向けられていると感じました。
 その状況が、わたしがバンコクにいる間、ほぼ1年間ずっと続いたのです。

 このようなことは、日本では起こりえないことなのではないでしょうか。事務的な態度ではなく、全身での親しみの表現を、タイでは普段から目にすることができますが、日本ではなかなか見かけることはないと思います。

 日本のサービスは、仕事の一部であり、事務的ですので、サービスの本来の意味として、相手を満足させる、喜ばせるという点では、不十分です。それにくらべ、事務的な態度ではなく、全身で、親しみを表現するというタイのサービスに接すると、こちらの方がより本物のサービスなのではないかと、わたしには思えます。

 バンコクでは働く人が楽しんでいます。日本であればプロらしくないということになるのでしょうが、バンコクにおいてはそれが当然と思われているようです。自分が楽しくなければ、毎日がやっていけないと考えられているようです。私にはまことに羨ましいことに思えます。

 日本のサービスは、マニュアルどおりに、決められた作業を決められたように効率的に進めます。その点ではプロといえますが、それから先にはなかなか進めません。その先とは、顧客との距離を縮めることであり、親密感を増すことです。顧客の心に寄り添うことです。

 バンコクのサービス業の現場では、スタッフが一挙に、顧客の懐に飛び込んできます。おそらく、そのように努力することが経営側からも求められているのでしょう。同じ店に行くと、名前を聞かれ、その名前を、次回からは連呼します。

 日本にもあるコーヒーチェーンがバンコクにおいても、たくさんの店舗を持っています。そのいくつかの店で、私も、時間があると、1,2時間、本を読みます。
 続けて同じ店に行くと、ここでも、店のスタッフから、What's your name?と聞かれることが何回かありました。 Call me Akira.と答えると、アキラ、アキラと、口に出して覚えています。
 つぎに、私がその店に行くと、Hello, Akira! と、大きな声を、こちらに投げかけてきます。こちらとしては気恥ずかしいのですが、Hello!と返事をします。
そのうちに、いろいろな話もするようになります。
どこの国から来たのか、どこに住んでいるのか、仕事は何をしているのか、結婚しているのか、何の本を読んでいるのか、などなど、相手に対し並々ならぬ関心を寄せてきます。相手のことを知ろうとします。
 ときどき行くコーヒー店には、こちらのつまらない冗談でも笑ってくれるヌン(Nhung)というスタッフがいました。
私の帰国が決まり、そのことを言うと、ヌンは涙ぐんで、つぎはいつバンコクに来るのか、と聞いてきます。そのうちカウンターの奥からも、3,4人のスタッフが出てきて、いつバンコクに戻ってくるのか、と同じことを聞きます。メールアドレスも聞いてきます。
 このようなことは、日本のサービス業の現場では、ありえないこと、期待できないこと、許されないことでしょう。プロ意識を欠く行為かもしれません。
 しかし、私はこのような対応が好きです。ビジネスという枠組みを超えて、スタッフ個人と知り合えます。コーヒーの値段をはるかに上回る満足です。

 8月にでもバンコクに行き、ワールドトレードセンターの中の、あの本屋のなかの、あのコーヒーショップの窓際の席に座ると、いつものようにヌンがやってきて、How are you feeling today, Akira? と聞くので、わたしは、 Perfect, Nhung!と笑って答えることになるでしょう。


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