「悪女」か「悲劇の王妃」か、それとも? ──マリー・アントワネットをめぐるイメージ形成──
現代文化学部 増田 久美子准教授
ちょっと想像してみてください。AとBというふたつの肖像画があります。いずれも18世紀のヨーロッパで描かれた女性像です。
Aの女性は、豪華なブルーのドレスに身を包み、気品のある自信に満ちた微笑みをこちらに投げかけています。右手を地球儀において世界を掌中に収める姿は、まるで彼女が世界を動かしているかのようで、この女性の「自己中心性」がよく表れています。
いっぽう、Bの天を仰ぐ女性は両腕を縛られて、どうやら囚われの身のようです。しかし、シンプルな純白の衣装のためでしょうか、その白さが逆に無実や無垢といった神々しさ(?)を際立たせています。「つみびと」というよりは、まるで「殉教者」です。
このように、これらの女性像はまったく正反対のようすを捉えていますが、じつは同一人物なのです。この女性、フランス王妃マリー・アントワネットは、その贅沢な宮廷生活ぶりから「悪女」として日本人にもおなじみの歴史的人物ですね。また、フランス革命という時代を背景に、悲壮な最期をとげた「悲劇のヒロイン」としても知られています。このふたつの女性像は、いわばふたつの顔をもつアントワネットがイメージ化された、その端的な例といえます。
2006年に『マリー・アントワネット』というハリウッド映画が公開されました。そこには「悪女」でも「悲劇のヒロイン」でもない、綺麗なドレスや可愛らしいお菓子に囲まれて、うきうきする「普通の女子」が王妃として描かれています。この、従来のイメージの覆すアントワネット像はいったい何なのでしょうか。模擬授業では、いまお見せできないAとBの肖像画のほかに、映像や少女コミック等の比較分析を通して、アントワネットをめぐるイメージ形成の問題について探っていきましょう。